写真だけでは描けません

とものつぶやき

 コロナ禍の制限もなくなり、工作を作ってもらえる機会も人数も増えたので、この夏はその準備にかける時間が大半でした。ただ、5月にみつけた本泉寺の椎の木群は、撮ってきた写真をもとに練習で何枚か描きました。涼しくなってきたら展覧会出品用に少し大きな作品も描きたいので、せっかくみつけた巨木群をどうしたら作品にできるのか、そろそろ構想をまとめて準備をしないと間に合いません。

 形の面白い木はたくさんあるのですが、どの写真も木と葉っぱしか写っていません。まわりに広がる風景もがっしりと根を張っている地面もなく、緑の奥にはまた緑。何を描いたら良いのか、よくよく考えた末に行き着いたのが、「光を描きたい。」です。地面に落ちている光が見えないのであれば、葉の間から漏れてくる光を描くことにしました。そこで、最も光のちらちらを感じられる写真を描き始めましたが、すぐに行き詰まりました。複数の巨木から伸びている枝が重なり合う複雑な空間は、写真1枚で描けるような風景ではありません。それぞれの枝がどこから出てどの方向に伸びているのか、写真の中に入っていない木全体の動きやねじれ感、更にその場所でしか感じられないものがあると思うのですが、それらは全くわかりません。

 家からはそう遠くない場所なので「いつでも見に来られる。」と思い、スケッチも後回しにしてしまいましたが、もう本物を見に行かないと描けません。でも、この夏の猛暑の中、外を歩き回りたくもありません。「木陰だから涼しいんじゃない?」と言ってくれた人もいますが、5月に2回行ってみて、昼過ぎの光加減が良いことを自分ではわかっています。そんな時間に、たとえ1~2時間でもスケッチするような根性が、私にあるはずはありません。涼しくなったら行こうと思っているのに、8月が終わる今になってもお日様カンカン照り、そうかと思うと突然の雨。もうしばらくは待機です。

 写真から描くことは否定されることが多いのですが、私は写真を見ながら家で描いています。ただ、以前にも書きましたが、写真はあくまでもリアルに近づくための資料でしかないので、「ただその風景を撮ったもの」はあまり役に立ちません。それでも、一応は描いてみると、写真だけではわからない部分がはっきりしてきます。それからまた、本物の木を見に行って、いろいろな角度から枝の出ているところや広がり方を確認したり、形が複雑な所はスケッチして、さらにその部分の写真だけを撮って来ます。形が複雑な古い巨木は細かいスケッチは時間がかかるし、初対面の時は圧倒されるだけでどこをどう描いて良いかもわからないので、スケッチに行く前に「とりあえず描いてみる。」の過程が入ります。
    
①写真に写っているものを透明水彩で描いてみました。葉っぱが重なり合って前後関係も良くわかりません。葉っぱだらけになってしまいそうなので、左上は描くのをやめました。

 

②木の輪郭をトレースして、もう1回描き直しました。①の下絵を描くのに時間がかかったので、もう一度同じことをやる気にならない横着者です。(うすく形が写っていれば、その上に下絵を描くのは早いので・・。)同じような木や葉でも、遠近はかなり意識しています。画面の中央部分が一番遠くになるようにしたいのですが、右下に集まっている幹や葉の茂みがどうなっているかが写真では全くわからないので、これもうまくいきません。

 

猛暑はうんざり!早く本物の木を見に行きたいです。

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