モデルさん探し難航・・

とものつぶやき

 11月半ばから描き始めた50号が完成に近づいてきました。梅雨入り前に終わるかどうかと心配したのですが、習作をくり返してある程度は使う色の見通しが立っていたことと、記録的な晴天続きの冬だったため、午前中はたっぷり自然光が入るリビングで細かな作業もサクサクと進んでいきました。微妙なところに手を入れるのは、「晴れた日の午前中」と割り切って、完成後にすぐ次を描き始められるようモデルさん探しを始めます。

 
「描きたいもの」をしっかり描くために他は省略しても良いのだと今回の市展で学習したので「描きたいもの」を探します。基本は巨木ですが、大きな木なら絵にできるというわけではありません。10年以上も前になりますが、私の中学時代の美術の先生が、「家の近くにすごい木がたくさんある。」と匝瑳市や旭市を案内してくれたことがあります。迫力のある面白い形の木をたくさん見せてもらったのですが、今ひとつ「描きたい!」と思えません。たったひとつ、少し高くなっている場所に空に突き出しているように見える切り株をみつけ、「これなら描けます。」と。それを聞いた先生に「形だけじゃなくてたたずまいが大事なんだな。」と言われました。どんな場所にどう立っているか、そこからは何が見えるのか、その木は何を見てどんな気持ちでいたんだろう・・。そのあたりがイメージとしてまとまらないと描けません。

 時間の余裕もないし、車の運転もだんだんあやしくなるかもしれないので、遠出するのはやめようと思います。スケッチや写真を見ながら家で描いていても、わからなくなると木のそばに行きたくなるので、千葉市内かその周辺に限ります。これまではあまり画面の構成は考えずに風景を切り取って描いてきましたが、自分のイメージで画面を作っていくのなら、まだまだ、モデルさんにできる木はありそうです。
 千葉市内で好きな場所がふたつあります。「宝善寺」と「八剱神社」、どちらも大小合わせると10点以上は描いています。家からはそう遠くもないので、行ってみることにしました。

 まずは宝善寺、少し前に50号を描いたばかりです。(→永い刻・ひとつの朝)この境内にはもう1本、枝振りの素晴らしい大きな椎の木があります。今度はそちらを描いてみようかと出かけていったのですが、境内に着いてびっくり、様子が一変しています。かなり多くの枝の伐採を行ったようで、木の雰囲気が変わっていました。どちらの木の下にも「頭上注意!」の看板が置かれていたので、この冬のどこかで枝が落ち、危険回避のための伐採が行われたのでしょう。仕方がないことです。でも、田園風景に向かって大きく伸びていた枝がなくなっていたり、葉っぱに覆われていた木の幹がむき出しになったのを見ると無性に悲しくなり、そのまま帰ってきました。

 

 こうなると不安です。八剱神社はもう6、7年も行っていないので、安否確認が必要です。次の日は天気が悪く、スケッチも写真を撮るのも無理かなと思ったのですが行ってみました。

 宝善寺以上のショックです。もう泣きたくなりました。1番大好きだったS字状の大きなケヤキ(→静寂の音)(→神無月)はかろうじて残っていましたが、空いっぱいに拡がっていた枝はひとつもありません。根元から伐採されている木も何本もあり、神社の雰囲気が全く変わってしまいました。孫がもう少し大きくなったら、ここに連れてきて大きな木を見上げてもらいたいと思っていたのに何ということでしょう。

 家からは1時間ほどかかりますが、「賀恵渕の椎」のその後を見に行きたくなりました。地面を這うように伸びているこの木は私の絵作りには少し苦手で、今までひとつの構図でしか描いたことはありません。(→独り)8、9年前になるでしょうか、この木も全く違う木に見えるほど枝が落とされ、がっかりしたことがあります。ところがその2年後くらいに近くを通りかかったので寄ってみたら、たくさんの新しい枝が出ていました。更に数年たった今はどうなっているのかと期待して見に行ってみると・・。

 

 見事に復活していました。木の生命力ってすごいです。宝善寺や八剱神社の木々も、数年先にはまた緑の葉っぱで覆われる日が来ることを信じて、待っていたいと思います。 
 もう一つ、今日の収穫です。賀恵渕に向かう途中でも気になる場所をみつけました。天気が悪く、細かいところまではっきり見えませんでしたが、木の形とたたずまい、まさに私の好みです。家から50分ほどのドライブも許容範囲と考え、またスケッチに出かけようと思います。

 「描きたいもの」、モデルさん探しは難航しました。今回は人の手による伐採だったので残念なところはありますが、大きな台風が来たり、雨が続いたりすれば、自然の力で枝は落ちてしまいます。停めていた車の上に大きな枝が落ちたという話を聞いたこともあるので、安全のためや木にとっての負担を減らすための伐採も仕方がないのかも知れません。いつまでもそのままある風景ではないからこそ、自分が感じた「木のたたずまい」を描いておきたいと思います。

 

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